44 立神浅間祭り 湧水の祭祀

#44

 引き続き立神の浅間さんである。道者の皆さんは、こちら、つまりふたつの大石に向いて神事を行っている。この浅間さんの神事を行う立石神社は、写真のように、普通の神社なら裏山に当たるような場所からものぞけてしまうので、一体何を主体に祭祀を行っているのか迷ってしまうが、あくまでも祭祀の主体は、神社から皆が参拝しているように、普段なら潮が満ちて、海面から立ち上がっている巨石である。


写真2 神社の拝所からみた浅間さん。英虞湾の最奥で、海面から顔をのぞかせる巨石を奉っている


 何度も繰り返すが、立神神社が祭祀するのは、陸上にある対象物ではなく、海中にある巨石である。その為に、神社の境内に鳥居があるのに関わらず、わざわざ念押しをするように、海中に鳥居をこしらえている。この神社の構えは、他の神社とは違うことを、ことさらに主張している。海中に祭祀物がある希少性を貴んでいる。くどい様だが、巨石は普通の神社のように、例えば地面に玉砂利を敷いたような場所に置かれているものではない。ここでは、祭祀する対象物が海中にあることに意味がある。

 この巨石のある海底からは、過去には湧き水があったといわれている。「志摩の民俗」という本にはこうある。

里人の言うに、この神石の根から冷たい清水が湧き出しているが、昔はこのお水を徳利につめておいて、皮膚病ににつけたものである。どんな頑固なふきで物でも、頭のかさ病でも数日にして全治する。迷信であるといって笑う人もあるが、実際に治るから不思議であるという。

 山に湧く清水などには、松阪の堀坂山ふもとにある横滝寺の泉のように、眼病回復の霊験伝承が発生するものだが、海に湧く水には、さすがに眼病には無茶だったので、皮膚病に効くものと伝承されたようであるが、実際に湧水があったかどうかは判断できない。


リンク1 海底湧水を紹介する動画(NHKエコチャンネル)


 そこで湧き水について、海洋環境のレベルで調べてみると、海水の循環には海底湧水というものがあり、近年になって、その詳細が明らかになってきているという。そして、その海底湧水が海の浄化に非常大きな役割を果たしていることも分かってきている。

 海底湧水と言うと、最近では富士の頂に降った雪や雨が地下水脈を経て駿河湾の海底に直接湧出するものや、立山連峰から富山湾の海底に湧くものが、入り口の水と出口の水が炭素同位体の測定で同一のものと判定され話題になったが、ここでは少し違う。湧き出てくるのは塩分を含んだ海水である。

 海の水は、海底にある地面とは完全に分離されているというイメージを持ってしまうが、そうではない。徐々に海底の地面に浸透していっている。そして、海底の地中に溜まった海水は、海岸近くでは、陸地からの雨水等の浸透に押され、酸素と栄養塩という成分を伴って湧出しているという。その途中では、十分なろ過もされている。ただし、それらの湧水は、局所的に水流を伴って湧出しているのでなく、ほとんどの場合、面で海底から湧き出しているので、肉眼ではほとんど確認できないという。それでも、海辺の環境に人間の手による開発が進んでいない昔なら、珍しいものではなかったようである。実際、三重大学では、現在でも大学の裏手にある伊勢湾に面した志登茂川河口で、面でそれらを捉えるために大口の器を使って、湧出する海底湧水の量を調査している。

 立神や他の場所で海底湧水が消失したり、減少したのは、生活域のあらゆるところまで入り込んだ道路端の側溝などの施設により、雨水などが直接海に流れ込むようになったからだという。また宅地開発等により、水田など、地下に水が浸透する環境が減ったからだとも言われている。雨水などが降って直接海に流れ込む水には有機的なゴミが含まれるし、酸素濃度も少なくなる。地中からの栄養塩も補給されない。

 すでに海底湧水に着目している地方では、屋根からの雨水を集める雨戸位を、途中から浸透桝に導いて地面に浸透させたり、三面構造の側溝を二面にする工夫を始めている。韓国の済州島では、浅い側溝を石組みで作り、水を石の隙間から地面に浸透させる工夫を昔から行っている。



写真3 横山展望台(迫子浅間山)から望む英虞湾


 残念ながら、伊勢志摩サミットで自慢した英虞湾の景観は素晴らしいが、その水質は非常に悪く、海底環境はお世辞にも綺麗とは言えない。立神でも同様で、昔の浅間祭りでは、泥遊びがあったそうだか、今、水底には貝殻が堆積し足を切るので素足で歩けず、泥が素肌に付くと皮膚が荒れるという。番条氏が子供のころには、大岩の上から飛び込んでも平気なほど水深があり、水底はふかふかの砂地だったと話す。

 海底湧水のある水底には、泥が留まらない。砂地が広がり、アサリや海藻などの着床が邪魔されない多様な海洋環境が保たれる。湧水には酸素が多く含まれているので、赤潮も起こりにくい。わざわざ、英虞湾の最奥の海上に作られた立石神社には、恐らく入り江全体に面的な湧水があり、水は透き通り、たまたま二つの巨石の下からは、局所的な湧き水が出て、水面は環状に波立っていたのかもしれない。

 立神浦では富士山麓の湧水群のごとく、火山環境ではなかったものの、美しい景観と綺麗な水質の海で、富士山麓とイメージを同一にした水の祭祀を行っていたと考えてもいいと思う。立石神社のある場所は、立神 、いや英虞湾の水環境を測るバロメーターであって、大切な湧水を守る富士八海のようなな場所だった。


写真4 富士山西麓にある白糸の滝


 富士山麓には、富士山に降った雪や雨が地面に浸透し、一日に何億トンとも言われる水が湧き出ている。富士五湖をはじめ、忍野湧水、柿田川湧水、湧玉池、白糸の滝など、有名な場所も多い。山麓に住んだ人は、それらを富士からの恵みの水として生活に利用し、またそれらが造りだす美しい景観を貴んだ。富士信仰では、その中からの選りすぐりを、「八海」と名付けて信仰した。江戸時代、富士御師最大の街だった富士吉田は、富士山麓の傾斜地に合わせて街を設計し、富士の湧水を格戸に引き入れている。御師邸の中には、庭園に滝や禊場が設けられている屋敷もあった。

 環境破壊を、現代における大きな意味での人災、災害と解するなら、立神の浅間さんは、非常に大きな役割を担ってきたことになる。古くから浅間祭りに参加してきた立神の人たちの末裔には、その美しい海のイメージが残っているに違いない。既に立神では、海底に溜まったヘドロの浚渫(しゅんせつ)を行い、奥にある干潟に海水を入れて、海の浄化能力の復活を目指している。人の羨むような美しい海への再生に取り組もうとしている。先に紹介した「志摩の民俗」には、立石神社についてこう書いてある。

毎年正月四日には祭典が行われるが、昔は先志摩半島からは片田、和具等より波切、甲賀、国府、鵜方等各地から群衆し、露店なども立ち並んで頗雑沓したそうである。

 いつかこの浅間祭りに、美しい景観と「水」にたくさんの人が集う、この地の真の再生を祈念する気勢を、立神と人たち一緒に上げてみたいものである。

な~む、せんげん~、だいぼさつ~!



引用参考文献

・三重県郷土資料刊行会「志摩の民俗・上巻」、1969年

・NHKエコチャンネル動画「都会の干潟 豊かさの秘密 福岡 博多湾」、2012年

・荒井章吾(海藻研究所)「海底湧水が育む浅海域生態系の仕組み」季刊エブオブVo48

 特定非営利活動法人OWS、2013年

・張勁(富山大学)「循環する水 つながる水 日本海と富山湾の調査から」

 日本海学講座、2010年

・田畑育海「伊勢湾沿岸域における海底地下水流出特性」三重大学、2008年

・海洋政策研究所「英虞湾における新しい里海つくりの取組み」

 Ocean Newsletter238、2010年

・三重県水産研究所「英虞湾漁場環境調査 Ⅱ英賀湾汚染対策調査」、2014年

0コメント

  • 1000 / 1000