11 中津浜・五ヶ所湾

 木立のトンネルを進んでいく雰囲気は、どこか懐かしい。浅間さんを紹介している本の作者、江崎満氏は、中津浜の浅間さんを、「ジブリの世界」、と表現しているが、なるほどと思った。

 早朝に訪ねたので、とても静かで、鳥の声が清々しい。浅間さんの祠は森の中なのに、木立の上部から日が差し込んで明るく、享保と宝暦の大日さん三 体が、仲良く並んでいるのが微笑ましい。傍らの太い木には、幣が立てかけられている。新しいものもあり、今年も幣上げはされたようだった。

 浅間 さんの祠は、コンクリートではあるが、形の良い富士型に石積みされているが、ずいぶん前にそうされたようで、周囲の雰囲気に溶け込んでいる。富士山登拝か ら持ち帰ったのだろう、溶岩質の岩が如来の横に置かれている。ずいぶん熱心に富士信仰がされた時代があったのだろう。


 大日如来像の前には、たくさんの小石が供えられて、ペンで日付が入れられている。小石には病を治す力があるといわれている。ごく最近のものもあり、熱心に参拝されてる人もいるようである。浅間さんは、もとは災害神ではあったが、いつか知れず災害や地震などとの繋がりを忘れられてしまった遺産なのではないかと思う。人が災害の教訓を時間とともに忘れてしまうのと同じように、その鎮魂、弔い、悪神から転化された善神らは、その起源を、静かなな時とともに忘れ去られてしまったのである。災害という非日常的な出来事から想起された信仰は、長い時間を過ごすとともに、日常的なものへと変化していった。無病息災、学業成就、商売繁盛、人間的性質からくる煩悩や業が、日常にもたくさんの厄や祈願を積み重ねていたのて、そちらが優先されたのである。

 村の一番奥手に階段があり、漁村独特の町並みで、路地が細く家が迫っている。住んでいる人の生活の直ぐ横を通り過ぎるので、よそ者が歩くのには勇気が要る。昔は五ヶ所へ向かう道だったと教えられたが、本当に畑道にしか見えない道を進む。子供の頃、裏山で遊んだ感覚である。進んでいくと、真新しい鳥居に出会う。今年納めたばかりだそうである。

 一年位前、NHKの取材が来たそうである。あんたも研究しとるんか、そんなに大事なもんかね?、と聞かれた。苦笑。


参考文献

・江崎満「伊勢志摩の富士信仰を訪ねて」鳥羽郷土史会、2014年

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